根なし草2017/08/05 23:09

今夜「九十九」さんで飲みながら相方がふと言った「わたしらは白浜で受け入れられるのだろうか」。

わたしらは白浜が終の住み処と思ってかなり密に帰ってきて、こちらのみなさまがたとコミュニケーションしているつもりなのだが、でもしょせんよそ者なのではないかと。

しかし、だからといって宝塚がどうかというと、わたしの感覚ではもっとよそ者だ。わたしにとっての地元は、じつはいまや、ない。浮き草である。生まれは八尾で自分の中ではそれなりの帰属意識はあるが、しかし地域でわたしに関する記憶はおそらく皆無だろう。

この歳になってふと思い返してみると、わたしは仕事でも住まいでも定着したことがなく過ごしてきたので、いわば根無し草である。いま、白浜の地ではいろいろな意味でいままでない根の張りかたがあると思っていて、見捨てないでねという気分だ。

まもなく10年になる「週末白浜人」でも、気分はどんどん「平日北摂人」になりつつある。

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