戻ってきた2026/02/07 21:54

というわけで、雪模様にならないうちにと午後の遅くに宝塚に戻ってきた。

白浜で朝昼兼用に「まんまてんや」さん。宮城のセリを使った特別メニューを求めて常連さんがたがおおぜい。ご亭主はプチパニック。わたしはかたくなにカレー。でもじつは鶏鍋も食べたかった…

さて、日付が変わったころから雪の予報だが、どうなることやら。

外出2026/02/01 22:49

意識していないと家で閉じこもりになる。

天気がいいし、日曜日で時間もいいので、境内の金時茶屋さんでお蕎麦を食べるつもりでいつもの満願寺さんへ。

ひさしぶりに相方といっしょに出たが、すぐ離されてしまった。

何年かぶりの満願寺蕎麦はあいかわらずおいしかった。週末だけの開店が残念だが、ご亭主は「それ以上はいろいろたいへんなので」と。

満願寺さん往復で今日はなんとか9千歩くらいになった。

ウオーキング2026/01/24 22:19

今日は検案の当番ではあるが、ほかに予定がなく、ずっと自宅に閉じこもってしまいそうだったので、あるていどの歩数を稼ぐために午後の早くいつもの満願寺さんまでウオーキングしてきた。寒かったがあまり風はない。満願寺さんまでの往復は約4キロほどなので、あまり時間がなかったり天候の悪いときの自宅周りだけの1キロあまりに比べるとそこそこ歩く。坂もある。

途中で雪が舞ってきたが、傘をさすほどのことでもない。週末で境内の蕎麦屋さんは営業していたが、お寺にはほとんど参拝の人がいない。

門前にあるデイリーヤマザキで手作りの豆大福を買いたかったが、朝のうちに売り切れたと。残念。

以前はお寺の背後の山にあるグランド周辺をぐるっと回ったりしていたが、最近はそのコースの登坂をする元気がないので、そのまま来た道を帰る。

約1時間半。今日はちょっと疲れた。なのにたった8千歩くらいしかカウントできていない。当番の呼び出しがなかったのはありがたい。

1月17日2026/01/17 20:49

毎年なんらかのことを書いている。今日という日は関西に住んできた者には特別である。

発災時刻には起きられなかった。それはじつに平和で幸せなことだ。

あの日とちがって、今日は暖かい日差しがあった。一日穏やかに過ごしていつものように黒霧島のロックをやっている。

停電2026/01/11 22:22

買い物のためいつもの「オアシスタウンキセラ川西」に行ったら、なにやら駐車場がガラガラで照明が暗い。交通誘導している警備員のおじさんに
「駐めてもいい?」と尋ねると
「駐められるけど店はやってまへんで」という。

なんでも原因不明の停電でタウン全体が休業してるのだとか。

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エディオン オアシスタウンキセラ川西店臨時休業のお知らせ
1月11日(日)は施設設備等の不具合のため、停電により終日臨時休業とさせていただきます。
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エディオンは家電量販店だが、施設内には食品スーパー「阪急オアシス」や「無印良品」もある。冷蔵や冷凍の商品も少なくないが、どうなるのだろうか。医療モールがあるが、今日は日曜でもともと休診なのがさいわい。温浴施設も休業になっている。

なにがあったのだろうか。稼ぎ時の三連休。人ごとながら心配になる。明日は回復するのか

いつもの一日2026/01/02 22:08

正月二日目にしてもういつもの日になった。朝寝していたら施設からの電話で起こされ、連絡用の掲示板に指示を書きこむ。

テレビでは大学駅伝をやっているが、目を離した間に青山学院大がゴボウ抜きして往路優勝していた。

ふつうの休日の空気である。

こうしてまたなんとなく一年が始まるのを、もう何年くりかえしているのか。

まあそういう日常が続くのが幸せなのかもしれない。

EXPOだったな2025/12/31 20:35

【身辺雑記>EXPOだったな/20251231】

2025年はなんといってもEXPOだったと締めくくる。後期高齢者になっているわたしが、人混みや行列が大嫌いなわたしが、通期パスも利用して12回も通った。パビリオンに入れたのは限られたが「万博というお祭り」への参加はまさに「冥土の土産」かもしれぬ。

iPhoneのひとつのホーム画面にEXPO関係のアイコンを集めていたが、昨日届いた「EXPO 2025
Visiters」終了のお知らせを機会に削除することにした。

地域によって大きな温度差はあるだろうが、大阪生まれ育ちで阪神間が生活圏で生きてきたわたしにとって、2025年は1970年とともに特別な年として記憶することになると思う。

帰り道2025/12/18 22:17

今夜も行きつけのお店からバスで帰る。車なら2分くらいの距離で、いまだから白状するが、昔は車で帰ったりしていた。

時代とともに、そういうことが許されなくなってきて、いまは急坂の帰路を歩くのがつらくなり、バスを使うようになった。

それでもなお足元が危ういといって相方に支えられている。情けない。酔ってないでぇ。

ここに住むようになって20年あまり、坂道ばかりという以外にとくに不満はない。