201703112017/03/11 22:52

午後から畑仕事をしていた。小さな耕耘機を使っていてエンジンの音でつい聞こえなくなりそうだったが、14時45分ごろに白浜町の防災同報無線で311の放送が流れた。1446に黙祷しましょうという内容であった。もちろん放送にあわせて1分間の黙祷を捧げた。

毎年の今日は振り返るようにしている。南海東南海地震が「明日来るか」と思いながらも、さいわいにも紀南は無事である。ありがたいことに船で出てマダイをいっぱい釣ったりしている。

しかしながら、この日が近づくと、食事に行っているお店でも常連さんたちと「いざ」の話題になるのである。わが家はおそらく地震と津波には大丈夫だと思われるが、そのあとは孤立する恐れがある。わが家のある丘は30m近い高さがある。しかし、建っている場所は半島の先のほうで、本土(?)に行くには津波被害を受けた地域を通らなくてはならないのだ。そこをすんなり車で通れるとは思えない。

311発災のとき、わたしたち夫婦は田辺市内に買い物に行っていた。あれが南海東南海だったら、わたしたちは家に戻れない。船で釣りをしていたら、津波に呑まれていたかもしれない。

運はじつに紙一重である。

合掌。

アマチュア無線など2017/01/31 22:50

20歳をすこし過ぎたころにアマチュア無線の免許をとってJR3ASXのコールサインを得た。その後JR3GQIというコールサインも持った。それ以前はいわゆる違法CB無線で遊んでいたのだが、合法局になってそちらからは足を洗った(笑)。

奈良県と大阪府でそのころ普及しだした144MHzのFMを中心に楽しんでいたが、古い局長さんたちからは「電話ごっこ」とバカにされたりもしていたものだ。それでも徐々に運用を拡げていて、FT101などという名機を手に入れて短波帯で海外局との交信も楽しんでいたころが最盛期だったか。

社会人になって仕事が多忙になったが、ともかくいわゆるモービルハムに活路を見いだして、移動中に交信することでアクティビィティを維持していたが、さらにまたいろいろな事情でほとんで電波を出すことがなくなり、そのうち無線局免許状の更新もしなくなって、いわば「廃局」状態になっていた。

勤務医を卒業して開業したころ、終身免許である無線従事者免許が残っているところから、無線局免許の復活を目指していろいろ苦労はしたが無事にJR3ASXを再指定してもらうことができた。

浦島太郎状態であったが、その後デジタル通信を中心に再チャレンジして、いまは3.5MHzから1200MHzまでのすべての電波形式の免許を受けている。

しかぁし、である。

若いころのように、無線でよしなしごとを交信するというのがあまりおもしろくないのである。何をしゃべる? この歳になるもともと「人嫌い」のわたしには、ネットのSNSよりももっとリアルタイムの時間と対応を強いられる無線通信が負担に感じてしまうのである。

かつては車に3本4本もアンテナを立てて、家でもなんとかアンテナを設置していたのだが、まあ今の車は無線機やアンテナを取り付けにくいこともあるので、まったくやっていない。D-STARというデジタル無線のシステムがよくできているので、車にも職場にも対応のハンディ無線機を持っているが、なかなかそれでしゃべるということもない。

アマチュア無線に限ったことではないが、人との繋がりのハードルを自分で上げてしまっていることも関係があるのかもしれない。なんらかの大災害のときのためにというように自分の意識が変化しているのが本音のところではある。アマチュア無線の理念から逸脱しているのではあるが。

無線機、ざっと数えたら8台くらいあるのだが、持ち腐れだなあ。

阪神淡路大震災の日に思う2017/01/17 22:30

22年前はまだわたしも若かった。だから発災から時間を経ずに勤務先の病院に向かった。すくなくともわたしは足手まといになるとは思わなかった。当時はまだボランティアという言葉も一般的ではなかったし、医療の支援も組織的ではなかった。すでに在宅医療をしていたが、ひとりで淡々と患家の無事の確認をした。

6年前の東日本大震災では、阪神淡路などの経験から次第に確固としたものになっていた医療チームが活躍したし、組織的にボランティアも活動した。しかし、医学部や大手病院が組織する救命救急のDMATはおろか、医師会が主導する医療の後方支援のJMATにさえわたしは手上げできなかった。気持ちはあったが自分の体力を考えるとかえって迷惑をかけると思った。かつてのアウトドア大好き人間も、その後の堕落で安楽椅子人間になってしまっていたのである。

いまもし阪神淡路クラスの災害があったら、地元での活動はなんとか頑張れるだろうが、それ以上のことはやはり無理だと思う。

白浜にいるときに南海トラフ地震/津波が起きたら、医療者としてできるかぎりのことをするつもりだが、しかしまもなくわたしはまた誕生日を迎える。なにができるのだろうか。

緊急地震速報2016/11/22 23:49

東日本大震災以降、スマホのアプリで緊急地震速報のアプリが普及して、しかもわたしらは南海トラフの前線で暮らす時間がけっこうあることもあって、夫婦のiPhoneやiPadやわたしのガラケーにそれらの防災系アプリをインストールしてある。

11月19日正午前の和歌山県南部の地震では白浜の家のリビングですべての端末が微妙な時間差で地震地震地震と知らせてくれた。

今朝の福島沖の地震と津波警報ではやはりほぼ発災時刻に寝室に置いてあるiPhoneが2台とガラケーがやかましく地震地震と喚いた。

ものごころついて半世紀以上になるが、阪神淡路震災以降のような地震の頻発は経験したことがない。いつどこでどんな地震が起きてもおかしくはない、いつどの山でどんな噴火が起きてもおかしくはない、そういう時代になってきたということは受け入れなくてはならんやろなと思っている。

願わくばわたしたちの子孫たちがそのままこの弧状列島で平和に過ごせることを。

地震2016/11/19 18:59

関東のかたがたにはなにを言うてるのかと思われそうだが、震度4という地震は21年前の阪神淡路大震災とそのあとの余震群のとき以来だと思う。だからじつに驚いた。とうとうきたか南海トラフと一瞬身構えたのも確かだ。

あちこちの端末がいっせいに緊急地震速報の音を出し、わが家の龍神材がミシミシと音をたてるのは不気味だった。

家にいたので津波については心配ないとすぐに思ったが、震源が内陸で津波なしの続報があってさらに安堵。

なにしろこの地方は重大警戒態勢がつねにとられているところである。昨日なら海にいてもっとびびったかもしれない。

いつかはと思っているが、できればもっと先にお願いしたいものだ。

高速道路で緊急地震速報2016/10/21 20:57

昨夜に白浜に帰ったばかりだが、急な用件ができて午後早くにわたし一人で白浜を出て川西に向かう。阪和道を快調に走っていたら、まもなく和歌山ICというあたりで携帯電話とiPhoneとナビでかかっていた「ちちんぷいぷい」で一斉に緊急地震速報の激しい音が鳴った。瞬間的に速度を落とすねえ、やはり100km/h近くで走っていると…。

電話もiPhneも見られないが、テレビで鳥取で震度6弱というアナウンスがあったのでおそらく停止する必要はないだろうと判断した。

そのあと家族からLINEのグループでの無事確認メッセージが入るが、走っているので返答できない。もともと紀ノ川SAでトイレ休憩のつもりだったのでそこで連絡。大阪がけっこう揺れたらしいが、白浜は無感だったという。東日本のときも発災時は田辺にいて全く感じなかったのに、大阪ではみなさんけっこう揺れたと言っていた。地盤によるのだろうが、なぜかわたしらは自身の揺れを感じない場所に移動していることが多い。

いつもなら泉佐野JCTから関空道経由阪神高速湾岸線を走るのだが、なんとなく海沿いの埋め立て地域の高速道路を走るのがいやで松原線ルートを選んできた。

余震が立て続けに起きているようだが、被害があまり大きくなくて幸いだ。

紀南は平和2016/09/03 23:46

ついさっきから雨が降ってきたが、日本のあちこちがたいへんなここのところも紀南は総じて平和である。台風12号が近寄っているとはいえ、海も穏やかで今日も出てもよかったなあと思っていたほどだ。

5年前の今日明日は同じく台風12号が四国沖で停滞して紀伊半島に激甚な災害を残した。私自身も若干の命の危険を感じた一日だった。

http://wando.asablo.jp/blog/2011/09/04/6087981

紀伊半島は、しかしじつはまだあの災害から完全に立ち直っているわけではない。

http://www.agara.co.jp/news/daily/?i=320411&p=more

今回の台風10号での岩手県岩泉町の被害映像は、2011年の那智勝浦町の惨状を思い出させる。地形的にも似ていると思う。この国では同じような災害が繰り返し起きているわけだ。

いま、すこし蒸し暑い。無風。遠雷が聞こえる。虫の声。すこし波の音。いまのところ、平和。

やはり危機管理(防災の日に)2016/09/01 22:44

昨日のグループホームでの悲劇の話の続きだ。

その後報じられているところを見れば、やはり危機管理が甘かったのではないかと思う。現場はたいへんだったことは間違いないが、状況判断して指示できる立場の人たちの危機管理。

これまでもなんどか冠水したことがある地域だったという。地図を見ても危なそうな場所だったと推測できる。もちろん私は事故のあとで言っているわけで、そんなことは想定外だったということだろう。それでもなお「危険側に意識を倒す」ことは、必要な心構えだと思うのである。

私が訪問診療している有料老人ホームは猪名川の氾濫原にある。そもそも川西市役所も同じ氾濫原にあって、自家発電装置は地下にあったりする。医師会も同じ場所。氾濫原は街が発展しやすいので、どこでも重要施設が集まる傾向にある。

http://www.city.kawanishi.hyogo.jp/dbps_data/_material_/localhost/soumu/kawa0010/map/ctikubosaimap.pdf

ひとごとではない。