地図を見る2018/08/03 23:59

お昼ごはんに上富田町の奥にある蕎麦屋「おおみや」さん。濃厚な山かけ蕎麦。梅ごはんと。

そのあとは予定ないので、そのまま県道36号を東へ。宇津木を折れてなおも36号。いつのまにか県道225号が被さるがそれでも36号は健在。

けっこうハードな山道のルートを、わがTANTOくんは善戦した。36号の終盤では唐突に紀勢自動車道すさみ南ICの取り付け道路に収斂する。

道の駅で佐藤錦のソフトクリームでひと息いれて、国道42号で白浜に戻る。

帰ってからまず今日のルートを国土地理院地図アプリで確認。未踏のルートなので景色と地図表記を確認して記憶する。

方向音痴はこういう作業で改善されねと思うのだが、難しいかねぇ。

なんという台風2018/07/30 20:42

今朝の白浜は快晴、海も穏やかで台風はどうしたという天気であった。仕事のために川西に戻ってきたら、こちらもいい天気でジリジリとした暑さがぶり返していた。

近畿では終わった台風騒ぎだが、当の台風12号氏はまだ九州の先でウロウロしておられるようだ。旋回したり立ち止まったりさらに西へいったりほんとうに型破りの台風である。きっと語り継がれることになるのだろう。いや、怖い推測をすると、これから次第にこういう台風が増えてくるかもしれない。

なんだか日本列島が南下しているような昨今の気象は、ちょっとぶきみである。

フレイル?2018/07/23 21:18

還暦のころから夏になると食欲が減って元気がなくなる傾向にある。それでもなんとかがんばって「お外でバーベキュー」などとやっていたのだが、最近はそれを考えるだけで疲れる。暑いお外に出たくない。涼しい部屋で冷や奴と素麺にビールがいい。

人は、こうやってだんだん衰弱していくのだろうか。それともわたしが怠惰に流れすぎているのであろうか。

まあそんなことを考えながら、今夜もビールの続きの焼酎ロックを遣りながら録画した番組を見ているのであった。

海難事故2018/07/21 22:42

自分で船を操る立場にいると、いろいろな海難事故にも興味をもつようになる。そもそも小型船舶操縦士免許を得るときには、なにがなんでも事故を避けることをたたき込まれる。

にもかかわらず。

けっこう杜撰な船長さんがおられるのである。海上でバッテリー上がりをしたり、エンジンがかからなくなったり、それくらいならまだしも、乗り上げや転覆で人身事故を起こしたり…。

今日、自分の船のメンテのために港にいたら、出港しようとしているプレジャーボートがへんな動きをしているのに気づいた。出港前には解纜(固定しているロープをほどくこと)の前にエンジンを起動して正常であることとされているのに、先に解纜、しかもけっこう強い風があるのに風上側のロープを先に解いたために船体が風に煽られて妙な体勢になってしまっている。

なんとかエンジンがかかったようで、アタフタしながら出港していったが、しかし今日の午後の海は沖縄方面の台風の影響でけっこう長い周波の大きなウネリがあったので、うーん、だいじょうぶかねえあの船と、まあ #知らんけど。あの手順だと、エンジンを起動する前にアンカーを揚げるようなことをしているのではないだろうか。

つい先日、白浜の沖でお二人が亡くなる海難事故があったばかりである。お盆も近い。くわばらくわばら。

余波2018/07/12 23:25

大きな被害を受けたかたがたにとってはなんなんだと思われそうだが、当地でも微妙に大雨の余波が日を追って露見している。

谷頭のような地形の、まさにその場所に建っている患家では前の道路に泥が被っている。そのお宅に行ったときに方向転換する駐車場は1/3ほど地面がえぐれている。そこに駐めていた車は無事だったのか。

ちょうど1週間前の7月5日に見た猪名川は増水してナマの大木が流れてきてたいへんだった。今日同じところを通って川を見ると、河床の地形がかなり変わっていた。7月6日にたびたび洪水危険水位を超えた「多田院」測定点のすぐ下流である。

猪名川に合流するので大きな排水ポンプ場を持つ支流は、ひょつとしたら少し越水していたのかもしれない。川沿いの食品スーパー脇に泥が貯まっていた。

猪名川の河川敷にある運動公園は完全に水没してしまったので、グラウンドはめちゃめちゃになっているとSNSで報告されている。来月はそこが会場で猪名川花火大会があるのだが、それまでに整備できるのかな。

今朝、まだわが家の前の道路沿いの溝には音をたてて裏山からの水が流れている。

ひとごととは思わず、来年は兵庫県が襲われるかもしれないと危機感を持っておこう。

災害(3)2018/07/08 23:15

ひょっとしたらと予期したので大雨の災害がこの地におきるのかもしれないと日記に書いた。しかし、さいわいにも周辺では大きな被害がなく終焉したようだ。

だが、こんなことは木曜日には予想もしなかったが、西日本の広範囲で、しかもとてつもない災害になってしまった。

わたしが生きているうちに、東日本大震災に続いて水害でここまでの被害がおきるようなことになるとは思ってもみなかった。高度成長期にいろいろな防災減災のための対策が進んだうえでの被害である。わたしが子どものころのような貧しく後れた国ではないのに、である。

雨が止んだらなにごともなかったようにいつもの暮らしに戻っている地元をみて、紙一重だったかもしれないと心に刻んでおこうと思う日曜日である。

いつもにこにこガソリン満タン2018/07/03 23:13

かなり昔の話だが、車のガソリンは満タンにしないほうかいいと専門雑誌にも書かれていた。ガソリンの重さで燃費が悪くなるからというのである。だから、一時期ちょっと試してみたことがあるのだが、たいして変わらないように思ってけっきょくすぐにいつも満タンに給油するようになった。

いまや車のガソリンはなるべく満タンにしておくべしというようになっている。いうまでもなく災害対策である。

わたしの家の主力車はトヨタのVOXY HVであるが、これは災害や非常のときに車内で過ごせることを見越している。乗用車ではエコノミークラス症候群の危険があると以前から言われているが、ミニバンは車内でかなり自由がきく。

そして満タンになっていれば、アイドリングしてエアコンが効くしテレビが見られるしスマホに充電できる。DC/ACコンバータを載せているので簡単な家電も使える。

より災害の恐れが大きい白浜のほうには、もともとは船に給油するために携行缶を持っていて、50Lの備蓄をしているので、それを車に流用することもできる。

つぎの計画は、あるていどの容量のあるソーラーパネルを載せておいて、それで充電するシステム構築である。

もちろんこんなものが役にたつことがないほうがよい。しかし、地震をはじめとする災害にいつ遭うか分からないいまである。まだまだ命が惜しいし、命があるならできるだけストレスがない生き残りをしたい。

地震—阪神淡路の記憶2018/06/18 23:04

長文になるが、大きな地震があったので備忘のために。

最近は朝のフレブル恬のお散歩は相方がしているのだが、今日はたまたまわたしが早く起きたし相方が寝不足らしかったので、7時半すぎからわたしが連れていった。ぼつぼつ小学校の集団登校や中学の登校の子たちがいて、フレブル恬も子どもたちにいじられながらやや蒸し暑いが風があって涼しげななかお散歩をすませた。

帰宅してフレブル恬は足を洗うため相方が風呂場に、わたしはそれでも暑くてシャツとパンツを脱ぐために寝室へというタイミングで少し強めの初期微動と間髪いれずのタイミングの突き上げるような本震。ほぼ同時に緊急地震速報のアラームが鳴り響く。本震はたかだか10-15秒くらいの短時間であって、東日本大震災のような長い揺れでなかったのが幸いだった。しかしこの短時間だが突き上げるようなという揺れは、23年前に箕面市で経験した阪神淡路大震災のそれを思い出させた。

直下型地震の特徴だと思った。初期微動から本震までほとんど時間がなかったのと、緊急地震速報が本震と同時くらいだったことから。スマホの速報で震源が大阪府北部とすぐに分かった。わが家は食器棚の上にいた小さなぬいぐるみが落ちたくらいだったが、震源からして娘夫婦のマンションが心配で、すぐに7時59分にLINEで安否確認。8時00分に婿殿から無事の返信。テレビのインタビューで電話が繋がらなくてなどという人たちがまだおられたが、こういうときは複数のチャンネルでの連絡だというのは、これまでの災害で実証されている。

LINEでのとりあえずの人身の無事確認ができた、しかしおそらくマンション上階の娘宅では室内の被害はたいへんだろう、婿殿のお店はだいじょうぶだろうかとつぎの心配がよぎる。しかし、ふと、ひとごとではない。わたしも診療所があって、そこはいろいろ散乱しそうな要素がいっぱいあると気がついた。あわてて行ってもしかたないので、もともと予定していた時刻に出勤。

同じビルで1月に開業したDr.は地震の時にはもう出勤していたという。揺れましたよぉと、もともとあまり感情を表に出さない彼は平然と言うが、ビルは鉄骨造りで前の県道を重量車が走っても揺れることがあるくらいの建物なので、けっこう激しかったと思う。で、診療所も軽くて不安定に置いていたものが数点落ちているくらいでたいした影響はなかった。

訪問診療先のお宅もとくに被害はなかったようで安心。帰ってからワンセグテレビをかけたまま仕事をしていたが、すこしづつ被害が明らかになってくる。ただ、都市部の直下型であったわりには、被害が少なかったのはじつに幸いであるが、命を落とされた、小学生の女の子を含む3人のかたはほんとに気の毒だ。

わが家は阪神淡路大震災からずっと減災のための対策をつづけてきていて、家具はほぼないし、本棚は物置の中。倒れても物置の中で完結ということにしている。

わたしが恐れているのは、危なっかしい室内になっている患家に訪問しているときに被災することである。往診カバンには警笛を携えていたりする。

しばらくは警戒モードである。