海水浴は堪えます2017/07/23 21:09

朝から3時間ほど浜に行った。とはいえ、ほとんど荷物の番をしていただけなので、水に入ったのは数十分もない。それでも正午すぎに帰ってきて後始末をしているともうヘトヘトなのである。

午後から田辺に買い出しに行っても身体がほてってしんどい。夜はテラスでバーベキューのまねごとをしたあと、風呂に入ったら膝から下が真っ赤に焼けていた。ひごろから船で釣りをするので手は焼けてもだいじょうぶだ。釣りのときは夏でも長袖のTシャツに長ズボンだから、焼けるのは手だけ。下腿が日光に晒されたのはひさしぶりだ。相方はわたしよりひどく下腿が焼けている。

つぎからは上半身と同じように下半身も水着のうえにタイツ型のUV対策衣料を着なければならないと痛感。

海水浴は浜にいるだけでもかなり堪えますわ。

阪急電車2017/07/16 23:15

2日続けて阪急電車で宝塚乗り換え往復をしてきた。

昨日は仕事がらみの勉強会と懇親会で宝塚南口まで。今夜は知り合いのかたと一杯やるために甲東園まで。

今津線は独特の空気があって、それが有川浩さんの小説になり「15分の奇跡」という映画のテーマになった。

宝塚南口はこれまで数え切れないくらい利用している駅だが、甲東園は初めて降りた。関西学院の最寄り駅なので、駅前はけっこう賑やかである。でも少し歩くとたいへん閑静な高級住宅街になる。もっとも、まんなかを山陽新幹線が横切っていて、ちょっと違和感がある。

阪神間と同じように六甲山系からの扇状地が連続した高台が続く土地であり、阪神淡路大震災でも被害があった地域を走る今津線であっても、やはり一種のあこがれを感じる沿線である。

朝の涼しいうちに宿題しなさい2017/07/13 23:37

この時期になるとときどき思い出すのである。

昨日も亡父の法要に行った慈願寺さんのすぐ近くに小学校4年生まで住んでいた。いったん発展していまはまた下降線になっている多くの街と同じく、半世紀以上前のおもむきはほとんどないが、しかし道の配置には大きな変化はないので、ついその小学生のころを思い出すことがある。

おそらく今より真夏でも涼しかったと思うが、それでも夏休みは暑い日々だった。クーラーなどというものは、都会の大きなビルや百貨店くらいにしかなく、音の大きな扇風機や、店舗では氷柱を置いてあったりしたころ。そういえば家の並びに氷屋さんがあった。冷蔵庫が電気式ではないので、氷屋さんが冷蔵庫用の氷を配達したりしていた時代だ。

で、夏休みになると母にたたき起こされるのである。

「早く起きて涼しいうちに宿題しなさいっ!!」

『夏休みの友』が必須の宿題だった。中身は忘れたが毎日コツコツと開いて書くような内容だったと記憶している。それをわたしは夏休みのはじめのほうに一気にやってしまって、あとのほうは遊ぶ。そのやりかたはまもなく古希のいまでも同じようにやっているように思える。

親の躾や教育はたいしたものだと思う。

祥月命日と誕生日2017/07/12 22:54

明日7月13日は亡父の祥月命日、2000年に亡くなったので、もう17年もたつのか。そのころわたしは51歳。まだまだ元気やったなあ。父は仕事ほぼ現役で亡くなったので、通夜葬儀では数百人のかたがお悔やみに参列してくださって、高齢の母に代わって若輩のわたしが喪主代理を務めたことを鮮明に覚えている。

今日は1日早いのだが、お寺で法要をしていただいた。年に一度、父を偲ぶ行事はできるうちはしようと思っている。

そして、明日は、その戌年の父の生まれ変わりかもと思うフレブル恬の誕生日でもある。13歳になる。フレンチブルドッグとしては長寿になるのではないだろうか。しかも変形性脊椎症はあっても内科的には問題なく誕生日を迎える。ちなみに、そのフレブル恬がわが家にきたのは、新潟県中越地震がおきた2004年10月23日だ。

お寺での法要のあと、同じ市内にあるお墓に参る。ちょうど正午近くになっていて、いやはやこの時期の霊園にこんな時間に行くものではない。法要のためにスーツにネクタイのままお墓に行って草ひき。あかん、危ない。

早々に退散していつも立ち寄る道の駅でランチ。

帰宅してから職場に出向いて事務処理をする。

疲れた。

高速颱風2017/07/04 22:46

石垣島のあたりに颱風ができたようでと思っていたら、あっというまに上陸して縦断して走り去ってしまった。

警戒していたほどの被害がなかったのはじつにさいわいであった。

本州への再上陸は田辺市付近ということで、つまりわたしの家のあたりを通り過ぎたようだ。家に置いている気温や湿度や気圧や雨量を計測してネットで確認できる機器をチェックしたら、16時40分ごろに漏斗状の気圧低下の底がみられた。おそらくそのころに最接近または通り過ぎたのだろう。

モニターできる3台のネットカメラでの確認では、大きな被害もなかったようだ。そもそもそれらの1基は冬の季節風でカメラそのものが転倒したりするのだが、今回はちゃんと立って使命を続けている。

いつもこのていどの颱風ですんでくれればありがたいのだが。

それにしても、蒸し暑い。

寺社はバリアブル2017/06/28 23:32

木曜日が第五週になるので予定のない今日から宝塚から脱出した。届け物があって娘一家の住む彩都に寄ってから、かねてからお参りしたかった紀三井寺に立ち寄った。梅雨のために車を置いていても車内の温度は上がらないと判断したので、フレブル恬がいてもだいじょうぶだと思ったのだ。

雨を覚悟していたが、山門下の駐車場に置いたときには上がっていた。でも蒸し暑い。

山門を見上げると、愕然とするような石段。あとで確認すると231段だという。しかも直線。半分ほど登ったかと思うころに「女厄坂33段」「男厄坂42段」とあって、なるほど厄年の数だけの階段かと思っていたら、そのうえが「還暦坂60段」だった。

息が上がった。

天然石の石段だし、雨上がりで濡れていて気をつかう。

いつも思うのだが、寺社の多くはバリアブルで障がいのあるかたには優しくない。昔のこの国が障がい者に対してどう考えていたのかがよく分かる。もっとも、それが時代だったのだということは理解できている。

参道階段の下りはもっと怖い。

膝が、笑った。

雨や雨や2017/06/20 22:45

梅雨入りしたのにあまりの日照りに、3週間以上帰れないのはちょっとと思って、午後遅くまで仕事のある火曜日ながら、明日の水曜日は予定なしということで白浜に帰ってきた。

いつもの「竹寶」さんに遅い時間から邪魔しておいしいものを堪能。そして、これから今日の仕事の後処理仕事はする。そのために大きなラップトップPCを持ってきているのだ。

すると、にわかに雨が降ってきた。もちろん予報されていたことで、じつに天気予報は当たる。窓から涼しく湿った風が入ってくる。下の浜はまだ低気圧がこないので静かだ。

仕事があるので明日はてきとうな時間に宝塚に戻るのが残念だが、たった一晩でもひさぶりに帰ってくるとじつに生き返るのである。とはいえ、これから深夜未明は激しい雨になるらしい。

まあ、紀南ではたいしたことではなかろう。

木曽川2017/06/18 22:47

松本からの帰路の特急「しなの」。往路に間違ったので慎重に座席の指定を受けて、途中に木曽川が多く見えるほうを確保した。

iPhoneのアプリ「FieldAccess2」で国土地理院の2万5千分の1地形図を参照しつつ車窓を楽しんできたのである。

今回の興味はダムと発電所。歴史が古いので、規模の大きな施設はほとんどないが、建屋もダムもレトロな雰囲気のものが多くて、じつは時間があれば車でひとつずつ見て歩きたいほどである。

以前から中央本線の景色が好きだったので、ほぼ必ず車窓見物していた。不思議だったのは、前に排水が見られない発電所が多いことだった。今回は地形図をリアルタイムに確認することでその疑問が解決した。

発電に使われた水は川に戻らずに、そのまままた山の中の導水管を通って下流の発電所に流れている。つまり、木曽川の水は、平時には川の本体をほとんど流れないまま、ずっと下流まで山の中を流れている。

すごい。

それにしても、以前なら奈良井から恵那あたりまでの2万5千分の1地図を持って特急に乗るなど考えられなかったわけだが、いまやえらい時代になったものだ。

しかし今日はちょっとヲタクっぽ過ぎたか…。