新嘗祭とか2017/11/23 22:08

患者さんの調子がよくなくて、いつもお世話になっている病院に受診させようして電話した。窓口になる地域医療連携室に繋いでもらおうとしたら「すみません、今日はお休みで」と言われてしまった。

またやった。

わたしは祝日は休まないで仕事をする。それが20年以上も続いていると、今日が祝日だという感覚がなくなって、世間(医療関係)はやっていると錯覚してしまう。いちばん失敗するのが薬局さんである。院外処方なのでいつものように処方箋を発行したら、今日はお休みでということになる。

でも、多くの介護サービスは祝日も休んでいない。今日もデイサービスの送迎車が走り回っているのを見た。しかし病院意外のたいていの医療機関はお休みである。そんなものかねえ。

訪問診療は曜日で予定しているので、祝日をお休みにするととっても面倒くさいことになるのである。休まずいつものようにするほうが、楽。

今日は勤労感謝の日とかいう新嘗祭であった。仕事をしていて、とくに勤労を感謝されもしなかったが、まあええか。

京都へ2017/11/22 23:45

旧知の村山光生さん・綾子さんご夫妻の白雲窯作陶展に伺うためにひさしぶりに京都へ行ってきた。会場は河原町の四条のちょっと北という都心部。京都市内に車で行くのは無謀だと分かっているのでとうぜん阪急電車で。

往路は先頭車の前面展望できる座席が確保できた。淡路駅前後の立体化工事の進捗に興味があったので幸いであった。もっとも、十三から河原町までずっと前を見るために頸を右に向けていたら、寝違えに近いような痛みがでてしまった。

桂駅からお父さんと乗ってきた年長さんくらいの少年が運転室の扉にへばりついて前を見ていたのだが、西院駅手前から地下線に入って扉のガラスに遮光幕が下りて、わたしの側の窓から見に寄ってきた。烏丸駅で隣の席が空いたのでそちらに寄って、彼に特等席を譲ってあげた。お父さんが靴でわたしのパンツを汚すのではないかと気遣いしてくれたが、なんのなんの。短時間であったが、彼と電車のお話をしてわたしが楽しめたのである。わたしも君の年ごろからずっとそうやってきたんだよ。

河原町駅で下車してから途中にあるバー「イグレック」さん。以前に村山さんに連れてきていただいて美味しいカレーをいただいた。その後いちど時間に間に合わなかったのだが、今日はちょうど二階のお店から下を見ておられるマスターと目が合った。「まだいい?」と口でサイン、「はい」とのサイン(笑)。木屋町で嬉しいアイコンタクト。

河原町筋では異様な行列があって、どうも抹茶アイスの店のそれらしい。200人くらい行列してはります、若者中心に。なんなんや、アホみたい。

京都は好きだが、最近はちょっと違うなあと。

ぼけてんねんや2017/11/20 22:29

今日、仕事の訪問の移動中に、今日の日記のアイデアが浮かんだのだ。たしかに。

で、それを覚えておいて書くのだっと思っていたのに、忘れた。キーワードだけでも覚えていれば想起できるのに、そのキーワードさえ忘れた。こういうことがあると、認知症の始まりではないかと、心配する人たちがいるのだろう。

認知症では、昼にそういうアイデアが浮かんだことさえ忘れる。そこが病気かどうかの違いである。

それでも最近はしばしば「ぼけてんねんや」という場面が増えている。書店で本を買って一万円札でおつりをもらうことに集中していたら、買った本を受け取るのを忘れて店員さんに呼び止められた。医師会の大事なイベント。診療所の出入り口にポスターを掲示していて11月11日だと視野に入っていたのに、スケジューラに登録し忘れていただけで失念してまさかの無断欠席。情けない。

ぼけてんねんから忘れてはいかんと厳重なスケジューラ登録していると、それで安心してしまった。そもそもスケジューラに登録し忘れという「ぼけてんねんや」を防ぐにはどうすればいいのか。

つらいのぉ。

能勢2017/11/17 21:50

わたしが訪問診療を始めてしばらくたったころ、20世紀が終わろうとしているころだったかと思うが、何軒も患家を訪問していた能勢は元気がなく、このままでは大阪府から忘れられるのではないかと思った。

もともと若いころまで大阪の中南部が生活圏だったわたしにとって、能勢は小学校の郷土の地理で習った「大阪のチベット」といういまならひどく差別的な呼ばれかたをしていた僻地という感覚だった。

たまたま川西市の医療機関に就職したことで、そのチベットがすぐ近くになり、診療圏になったことで身近になった。どこがチベットやねんでもじつに元気のなさそうな町やと思いながら仕事をしていた。

ところが最近は若い世代の人たちがいろいろな起業をしてなんだか楽しい田園地帯になってきている。ここ5年ほどのことだろうか。

かつて訪問診療に通っていたころにしばしば立ち寄って癒やされていた「野間の大ケヤキ」、そのころはその巨木が寂しげに立っていたのだったが、いまや周辺は整備され、さらに若い人らが大ケヤキを慕って近くでお店を始めたりしている。

今日は能勢でも奥のほうにあるイタリアン料理店のカフェタイムでピッツァをいただいた。いい雰囲気の人気店だ。おいしかった。

まもなく新名神高速道路が開通して、能勢はチベットではなくなる。楽しみだ。

シン・ゴジラ、首都消失2017/11/13 21:52

昨夜から録画したパニック映画をふたつ立て続けに見ている。「首都消失」は30年以上前の作品で、キャストのみなさんが若い。物故された俳優さんも多い。特撮の技術は格段に違うし、30年前はCGという技術はカケラもなかった。しかしそれでもなかなかおもしろい。

小松左京さん原作の「首都消失」は「日本沈没」の10年ほどあとで書かれてわたしは夢中になって読んだ。「日本沈没」のあとには筒井康隆さんの「日本以外全部沈没」という作品も発表されて、わたしが日本のSFにはまるもとになったのである。

当時の人気SF作家さんも多く鬼籍に入られた。そらそうや、高校から大学で作品に夢中になったわたしがまもなく古希だものねえ。

文芸作品と同じように記憶に残るのだろうか。

大失敗2017/11/11 22:08

朝からたいへん強い北風が吹いて、もちろん海遊びは無理と前日から分かっていた。

白浜の「九十九」さんでお知り合いになった札幌の陶芸家が今年も作陶展を開いておられて、田辺でもあったのだが日程が合わなかった。今日から古座川町の旅館に会場を移してということで、昼前から古座川に向かう。紀勢道ができてかなり便利になったとはいえ、すさみ南ICから国道42号線に入って約1時間半。

途中で映画「たまご」の舞台になったのを記念してたまごの碑ができたという和深駅に立ち寄ったロスタイムもあった。

古座川で作品を見せていただいて、相方が何点か買い求め、コーヒーをごちそうになって帰路につく。ちなみに、白浜での強風にもかかわらず、半島の最南部では地形の関係かそれほど吹いている気配がなく、晴天でポカポカとしたいい気分である。

帰りは一枚岩を経て山越えですさみ南IC近くにある「道の駅すさみ」で遅い昼食。

富田の水を汲んだあと田辺での買い物をしているときにふと見たfacebookで、医師会主催の市民医療フォーラムの写真がアップされているのに気づいた。えっ、フォーラムがあるのはもちろん知っていたし出席の返事もしていたが今日だったのか…。あわててスケジューラを見ても記載がない。日程を間違えて記載したかと思ったら、じつはスケジューラへの記載そのものを忘れていたらしい。

このスケジューラとgoogleタスクですべての予定とToDoを管理しているので、そこへの記載を忘れたらまったくお手上げである。

大失敗だ。

ITとクラウドに完全に依存してしまっている現状への警告だな、これは。医師会への不義理はもちろんもうしわけないが、本業でのものでなくてまだ助かった。

さて、今後はさらに注意しなければならないが、どう注意すればいいかねえ。

インフルエンザワクチン2017/11/07 22:56

ワクチン接種が佳境に入りつつある。いつもこの時期になると「かかったことがない」とか「効かないのではないか」とか「接種したのにかかった」とか、いろいろなお話を聞いておもしろい。

ワクチン接種はあくまで任意であるし、安いものでもないので、わたしは強く勧めることはずっとしていない。しかし自分および家族には接種している。もとろんご希望があれば接種している。

今年はワクチンが不足しているからということで、昨年の80%ほどしか受け取れなかったので、調整が難しい。もちろんいつも診ている患者さんとそのご家族には優先的に接種しているが、あとになると足らなくなるかもしれない。

さいわい今のところ当地ではまだ流行していないようだ。学級閉鎖のレポートはまだない。

法要2017/11/05 21:34

2005年の11月19日に母が亡くなった。十三回忌である。前倒しで今日その法要をお願いした。ちなみに父は2000年に亡くなっているので、十三回忌はすんでいる(母の七回忌もいっしょにした)。

わたしは長男で仏壇もあるが、お寺が八尾なので、祥月命日のお参りも含めて法要はお寺でお願いしている。

父の十三回忌までは親戚の長老がたもご招待していたのだが、いまやその世代のかたが減ったのと、ご存命でもなかなか遠くにまできていただくのがたいへんになっている。というわけで、あるいはそれを口実にして、今日はごく身内だけにした。会食も省略した。

今日の十三回忌はひとつの区切りかなと思う。つぎのケジメは三十三回かと勝手に思っているのだが、わちしらがちゃんとしているか分からないし、わたしのほうには継がせる世代がない。

わたしら夫婦の行く末も含めて、どうすればいいのかねえ。