海水浴は堪えます2017/07/23 21:09

朝から3時間ほど浜に行った。とはいえ、ほとんど荷物の番をしていただけなので、水に入ったのは数十分もない。それでも正午すぎに帰ってきて後始末をしているともうヘトヘトなのである。

午後から田辺に買い出しに行っても身体がほてってしんどい。夜はテラスでバーベキューのまねごとをしたあと、風呂に入ったら膝から下が真っ赤に焼けていた。ひごろから船で釣りをするので手は焼けてもだいじょうぶだ。釣りのときは夏でも長袖のTシャツに長ズボンだから、焼けるのは手だけ。下腿が日光に晒されたのはひさしぶりだ。相方はわたしよりひどく下腿が焼けている。

つぎからは上半身と同じように下半身も水着のうえにタイツ型のUV対策衣料を着なければならないと痛感。

海水浴は浜にいるだけでもかなり堪えますわ。

賑わっているぞ白浜2017/07/22 22:18

二週間ぶりに白浜に帰ってきた。土曜日に走る機会がないので覚悟していた阪和道の渋滞だが、近づくにつれて距離が短縮されてきて、昼過ぎに走るころにはたいしたストレスもないていどの渋滞に短縮されていた。

でも白浜に着くと、街は賑わっていた。夏はこうでなくては。

今回は孫娘がひとりでいっしょに帰っている。今日は富田の水に行ったりひさしぶりでちょっと荒れた庭でブラックベリーやゴーヤを収穫したりして、夜は「竹寶」さんへ。明日は朝から下の江津良海水浴場に行って遊ぶ予定。

かつてわたしが子どものころ、夏休みにこの白浜にきて白良浜で朝から晩まで遊んでいたのを思い出す。孫にもそういう記憶を残してやりたい。でも前期高齢者にはこの時期の浜はちょっと過酷かいなと思ってもいるのである。

あっというまの夕立2017/07/17 23:07

22時前後にとつぜんバラバラと雨が降ってきて、稲妻雷鳴が近づいてきた。けっこうな降りと風だったのであわてて窓を閉めたりしたが、けっきょく10分ほどで東のほうに去っていった。

昔の夕立はこういうものだったよなあと、妙な感懐にふける。

線状降水帯などという不気味なものではなくて、とりあえず昼間の焼けた地面を冷やすていどに通る雨。

そういう点では今夜の雨は昭和な夕立だった。こんなのがいいなあ。

ともかく暑いのである2017/07/15 23:10

朝からフレブル恬のお薬をもらいに獣医さんのところに。しばらくあと患者さんから処方のことで相談があって、診療所へ。どちらも非公式(笑)なのでカジュアルな服装。

でも暑い。

汗臭さがピークなのでフレブル恬のお風呂。年をとった最近はフレブル恬が超嫌いなお風呂も抵抗が少なくわたしも助かる。お互いご自愛しなければねえ。

午後から仕事に関係した勉強会があるので、スーツにネクタイで出かける。午前のカジュアルより暑いと思いきや、同じである。暑さの部位が微妙に違うが、スーツにネクタイだから暑いということはない。ともかく公的な場にはこれで出ることを自分に課しているのだ。クールビズはわたしには関係ない。

勉強会のあとの「情報交換会」という名の懇親会。勉強会の主催がわたしの出身法人なので、何人かの旧知のかたと情報(笑)交換。

会場の一流ホテルを辞して外に出ると、暑い。

ともかく汗を洗い流したいと一日中思っていた週末である。

タイトな予定がないとほっとする2017/07/14 23:16

早朝に目覚めてリビングから外を見る。明るい晴天ならいい気分になるはずだが、この時期はそういう好天のときにタイトな仕事があるとげんなりする。予定がないとほっとする。この年になると真夏の炎天下にはなるべく出たくない。

今日は午後遅くからの在宅介護のケアカンファレンスの予定だけだったので、朝寝でもしようかと思っていたのだが、しかし寝室の暑さに耐えきれずいつもの時刻に起きてしまった。

患者さんには無理をせずにエアコンつけてと言い回っているわりには、わが家はけっこう我慢するので暑い。エアコンをオンするタイミングは、暑さでフレブル恬の息が上がってくることであったりする。

ネクタイ装着がディフォルトなのだが、今日は1日のうちでも最も暑い時間帯に外出しなければならないので、ネクタイだけは堪忍してもらった。体感はあまり変わらないのだがね。

カンファレンスのあと職場でしばらく事務仕事をしたあと、市役所と医師会に立ち寄って早めに帰宅。けっきょく今日は昼間のエアコンはなかったようだが、入浴前にオンにした。フレブル恬は宵の口からリビングで爆睡。昼間が暑くて眠れなかったのだね。

祇園祭や天神祭が近づいてきて、いよいよ関西の夏のピークの1ヶ月だ(泣)。

朝の涼しいうちに宿題しなさい2017/07/13 23:37

この時期になるとときどき思い出すのである。

昨日も亡父の法要に行った慈願寺さんのすぐ近くに小学校4年生まで住んでいた。いったん発展していまはまた下降線になっている多くの街と同じく、半世紀以上前のおもむきはほとんどないが、しかし道の配置には大きな変化はないので、ついその小学生のころを思い出すことがある。

おそらく今より真夏でも涼しかったと思うが、それでも夏休みは暑い日々だった。クーラーなどというものは、都会の大きなビルや百貨店くらいにしかなく、音の大きな扇風機や、店舗では氷柱を置いてあったりしたころ。そういえば家の並びに氷屋さんがあった。冷蔵庫が電気式ではないので、氷屋さんが冷蔵庫用の氷を配達したりしていた時代だ。

で、夏休みになると母にたたき起こされるのである。

「早く起きて涼しいうちに宿題しなさいっ!!」

『夏休みの友』が必須の宿題だった。中身は忘れたが毎日コツコツと開いて書くような内容だったと記憶している。それをわたしは夏休みのはじめのほうに一気にやってしまって、あとのほうは遊ぶ。そのやりかたはまもなく古希のいまでも同じようにやっているように思える。

親の躾や教育はたいしたものだと思う。

祥月命日と誕生日2017/07/12 22:54

明日7月13日は亡父の祥月命日、2000年に亡くなったので、もう17年もたつのか。そのころわたしは51歳。まだまだ元気やったなあ。父は仕事ほぼ現役で亡くなったので、通夜葬儀では数百人のかたがお悔やみに参列してくださって、高齢の母に代わって若輩のわたしが喪主代理を務めたことを鮮明に覚えている。

今日は1日早いのだが、お寺で法要をしていただいた。年に一度、父を偲ぶ行事はできるうちはしようと思っている。

そして、明日は、その戌年の父の生まれ変わりかもと思うフレブル恬の誕生日でもある。13歳になる。フレンチブルドッグとしては長寿になるのではないだろうか。しかも変形性脊椎症はあっても内科的には問題なく誕生日を迎える。ちなみに、そのフレブル恬がわが家にきたのは、新潟県中越地震がおきた2004年10月23日だ。

お寺での法要のあと、同じ市内にあるお墓に参る。ちょうど正午近くになっていて、いやはやこの時期の霊園にこんな時間に行くものではない。法要のためにスーツにネクタイのままお墓に行って草ひき。あかん、危ない。

早々に退散していつも立ち寄る道の駅でランチ。

帰宅してから職場に出向いて事務処理をする。

疲れた。

暑さが…2017/07/08 22:38

あとで考えればまだまだたいした暑さではなかったかもしれないのだが、今日は朝からずっと暑さにめげてなにもせずにダラダラと家で過ごしていた。いくらなんでもと思って、午後にちょっと港に行ってみたが、汗だくになっただけで、とくに船になにかしたわけでもなかった。さすがに海に近いと風がすこし涼しい。

夕刻にヨネダの魚屋さんに行って世間話をしたりして、けっきょく年寄りにとって貴重な1日を無駄に過ごしたあんばい。

いつもの金曜日が満席だったので今夜「竹寶」さんに行ったら、新しく懇意になりそうなお客さんと邂逅。楽しい夕食だった。

帰宅してもう一杯と思ったら、相方からダメだしが…。

お茶、飲みます。