目先のごまかしは最低である(高浜第4原発)2016/03/01 22:45

「再稼働の高浜原発4号機 警報出て原子炉自動停止」
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160229/k10010425761000.html

若狭湾の原発は、じつは京阪神からそれほど距離はない。私の自宅から高浜までは直線距離で80kmほどだ。そのわりには、京阪神のひとたちは原発に無関心なようだ。日本海側だという心理的な距離感があるのかも知れないが、じつはすぐ北にある。

私は、原発には基本的には賛成していないが、しかし原理主義的原発反対ではない。緩やかに廃止すべきだと思っている。だから今回の高浜の再稼働にも安全が確認できるならしかたがないかと思っていた。

地理的関係から、関西ローカルの番組では今回の再稼働のセレモニー(!!)の取材がけっこう熱心にされていた。その目の前でのトラブルである。でも、私はそのトラブルそのものを糾弾するものではない。問題はそのときの関電側の対応である。

関西ローカルで流されていた映像を見ると、再稼働のためのスイッチを入れてすぐに警報音が鳴り響いたとき、モニタールームにいた広報担当者が「いろいろな機器が動き出すのでアラームが鳴るのは正常です(意)」と言った。スイッチを入れた係員が明らかに狼狽して「ん? 」と言っている音が入っているのに、だ。広報担当者は明らかに<<確認せずに>>問題ないと言った。つまり目先のできごとを糊塗しようとした。

さらに、コントロールルームが騒がしくなって異常事態になっている懸念がでてきたところで、モニタールームへの映像中継を中断した。これが誰の判断かは分からないが、じつはメディアは、あるいはわれわれ国民は、異常事態が起きたときにこそ、どういう対処をしているのかが知りたいのだ。彼らはまさにそれを遮断した。

「原発の安全神話」は福島第一の事故で崩壊した。しかし、昨日の一連の流れは、動かしている側の「安全神話を維持しなければならないそのためには不具合は隠さねばごまかさねばならぬ」体質がぬぐえていないことを露呈したのだ。それこそがいまいちばん国民から嫌われていることなのに。

なんのための警報、なんのための安全側(原子炉停止)へのシステム。

些細なトラブルでもこうして安全に運転を停止するような優秀なシステムになっていることを知らせしむ絶好の機会だったのだ、今回のできごとは。それを安全神話に染まることから脱しきれない人たちが台無しにした。こんな人たちの言うことはやっぱり信用ならんという結果を招いたのである。

巨大なシステムもけっきょく人間の問題なのであるよ。

打たれ弱いやつめ2016/03/02 22:37

ふだんはしたい放題、痛いことがあってもちょっとでは弱音は吐かないくせに、あるていど以上の苦痛があるといっぺんに元気がなくなってしまう。痛い痛いとわめくことはしないけれど、ともかくしょんぼりとなる。分かりやすいやつだ。

私のことではない(似ているけど)。

夕食前にフレブル恬が左足をつけずに三本足で歩いているのに気づいた。午後の早くにお散歩にいったときにはとくに異常はみられなかったので、夕方に室内での動きのなかでなにかあったようだ。

足を精査していたら珍しく悲鳴をあげるので、すわ骨折かと思って幸いまだ診療時間内だったのでかかりつけ獣医さんへ。

足にケガもないことを確認してもらったが、家で診たときより腫れがあるのでレ線撮影。幸いにも骨折はなくて安堵したところで、では何をしたのか。nSAIDsの処方をもらって帰宅。

夕食は21時前になってしまった。

バタバタの67歳の誕生日、まあ私の身代わりにフレブル恬がなってくれたと思っておくことにする。

日常へ2016/03/03 23:59

白浜に帰ってきて、荷物を降ろして、フレブル恬をなだめて、こちらの足の軽四を出して、白浜銀座の「九十九」さんに行ってナギサビールを飲みながらおいしい料理をいただく。これが日常。

毎年2月の「九十九」さんのスケッチ旅行休業が今夜まさに、明けた。

たまたまいつもより1時間近く早く白浜に帰ってきて、そそくさと白浜銀座へ。

再開したところなのにもう繁盛しているお店のカウンターのはじっこで相方と二人でナギサビールが進む。

まもなく10年になる週末白浜暮らしだが、ほぼ日常が決まってきた塩梅である。

穏やかで凪いだ海2016/03/04 23:30

気のせいか、町全体が元気になってきているように思えた一日。

海も凪いでいて、昼前から船をだす。

ゆるゆると気持ちのよい海。もう春だね。

釣果? そんなことはどうでもいい。黄灯台のところで強い引きで走り回ったのをバラしたのが残念。きっと青物。そんなのがくると思っていなかったので仕掛けが貧弱だった。じつに悔しい。

でもまあ楽しい一日だった。

じつに、啓蟄2016/03/05 23:06

朝からいい日差し。田辺湾は穏やかに凪いで、寝間着のままで起きてきても寒くない。まさに啓蟄だ。

テラスに出て海を見ていたら、大きなハチが飛んできた。干していたシーツのうえを小さな昆虫が匍匐していた。じつに、啓蟄だ。

午後から黄砂まじりの雨で汚くなっていた車を洗車し、町で昨年から始まったイベント「白浜OIRAN道中」が夕刻から始まるので、私らには珍しくでかけて見物にいったのである。寒ければたぶんどちらもスルーしたと思うのだが、啓蟄のこの陽気が気分を揚げてくれたようだ。

明日はちょっと天気が崩れるようだが、買い出しや雑用に使う予定。ひさしぶりに暖房なしで過ごす夜。

白浜にいると血圧が下がる2016/03/07 00:37

20年近く前から血圧が高い目で、尿酸値も問題があり、ときに痛風発作を起こしていたのは私だが、最近は痛風のほうは幸いにもコントロールができている。

しかし、血圧のほうはじつに微妙な数値が上下していて、今年のはじめからはそれまでのディオバン(効能の内容で問題になったバルサルタン)から、それと利尿剤との合剤のコディオに替えてもらってすこしは落ちついていた。その経過は、ずっとオムロンの血圧計からiPhoneアプリにBluetoothで転送されて記録されている。

それでもなお宝塚にいるときはそこそこ高い値だったのだが、今回白浜に帰ってきて測定していると、全般的に低くなっているのに気づいた。歳をとってくると、動脈硬化(最近はあまりメディアでも言われない単語やな)によって血圧の変動幅が大きくなり、それに反比例して残念ながら血圧の変動に対する余裕が少なくなって、血管障害系の疾病の発症リスクが高まるわけなので、リラックスしているからかどうかは分からないが、事実はそういうことなのである。

今夜も師匠のお宅で楽しく飲み会をやってきて、帰宅して測定したら低いくらい。

ストレスがなければ私の血圧も正常で推移するのである(きっぱり)。

復帰2016/03/07 22:45

仕事をしないと暮らしがなりたたない。

たまたまその仕事は休むと他人さまにたいへんな迷惑がかかる。私はもともとそういう責任のあることはしたくないのだが、でもこの仕事を選んだからにはしかたがない。だからどうせということで24時間365日オンコールをしているわけだ。

みなさんがおちついておられて、白浜で穏やかに遊べていると血圧も下がる。

しかし、やはりこちらに戻ってくると、気分は仕事モードになるので緊張するのである。血圧は、ゆっくり休んだのでそれほど上昇はしていないようでよかつた。

来月には診療報酬の改定がスタートして、在宅関係はまたまたプレッシャーが増える。

もうやめようかねえ。

老々介護2016/03/08 21:41

介護認定審査会で審査するケースに独居や高齢者世帯が激増していることは以前に書いたかもしれない。

訪問診療している患家でも、いわゆる老老介護が増えていて、ご主人の訪問診療をしてきていたら、ある日とつぜん奥さんが腰痛で動けなくなって、とりあえず整形外科を受診したら脊椎圧迫骨折だったりして、おちついたら私が奥さんも訪問診療するというようなパターンが増えている。ちなみに、同一患家で同一日に二人目の診療は訪問診療の診療報酬を請求できないので、単なる再診料だけになる。奥さんのほうは安くすむので、わざわざタクシーを呼んで通院するよりはずっと安上がりになるので参考まで(細かくいうとちょっと別の算定方法もあるのだが、私は前記のような算定をしている)。

それはともかく、老々介護というのはじつに危なっかしい毎日を送っておられるのは容易に想像できるだろう。介護者さんのほうが倒れたら、被介護者さんは在宅でいられなくなる。

国は在宅療養を強引に勧めようとしているが、無理に在宅していてもいずれはなんらかのトラブルが起きることは目に見えている。その用意をしておくリスク管理をご説明しても、たいていの患家は日々の生活がいっぱいいっぱいであって、トラブルで一気に崩壊する例があとをたたない。

人ごとではない。私らも(生きていれば)15年もしたら同じことがわが身に降りかかるのである。