近隣は建築ラッシュ ― 2006/09/01 23:09
私の自宅マンションの近隣はいま建築ラッシュです。
もともと広い敷地に大きな庭のあるお屋敷が並んでいた住宅地ですが、おそらく代替わりして相続の関係でそのまま継げなかったものが転売されているようです。私のところのマンションもそういう敷地に建てられたものです。
緑の多い趣のある街でしたが、マンションの場合は強制的に緑地帯を確保することが求められているのでまだいいのですが、敷地を分割して分譲されたところは、それなりに地価の高いところでありますので、建坪率や容積率ギリギリに戸建てが建てられているのがふつうのようで、ほとんどは敷地いっぱいに二階建てが建てられています。
斜面ですから見晴らしがよいことを売りにしているところが多いものの、建て込んでしまいますと一階からは隣の二階が見えるだけというところが多く見られていまして、あとから視界を遮るような順序で建て売りしたりされているところもあって、人ごとながら気の毒になります。
あと二十年もしたら残ったお屋敷の多くも消滅して、斜面にびっしりと家が建つ景色に変貌してしまうように思えます。マンションはけっこう目の敵にされますが、空間利用という意味ではそれなりに意味があるようにも思います。
我田引水か…。
三複線の異様な静けさ ― 2006/09/02 22:52
大阪での患者塾からの帰路、JR東西線の快速が地下から出て神崎川橋梁を渡りきったところで非常制動がかかりました。
車内放送で「尼崎駅構内で子どもが線路内に入ったという情報があって安全確認中、しばらくお待ちを」とのこと。
直後に隣の線路を通過した列車がありましたが、その後は尼崎~加島(塚本)間の東海道本線の三複線(複線が3組、つまり道路だと6車線)区間が静まりかえりました。およそ10分間ほどずっとでした。
この、私が乗っていた宝塚行き快速が停止していたところから西へ尼崎駅をすこし越えたところは、昨年4月に脱線転覆破壊事故のあったところ、逆に東にちょっと行くと、数年前に事故の処理をしていた大阪市消防局の救急隊員が電車にはねられて死亡した現場、いまだ評判の悪いままのJR西日本にとっての因縁の地域といっても過言ではありません。
長らくなかなか動かない列車というのもちょっとイラつくものですが、たとえ午後6時前という時間帯であっても慎重のうえにも慎重というスタンスが非難されるものではないでしょう。たまたま車内が空いていたこともあるでしょうが、乗客は静かに運転再開を待っていました。
乗客もまた「早さや正確さだけが…」という意識をすこし変えてきているように思えました。
いまどきの結婚式 ― 2006/09/03 20:16
知り合いの結婚式にご招待いただいて、USJに隣接した式場に行ってきました。
ハウスウエディングというのでしょうか、何年か前からの流れがあるとは聞き及んでいましたが、なにせ世代的、社会的にあまり参加する機会がなくなっている私でして、今回が初めての経験でした。
ホテルウエディングは昔からずっと変わらず続いているようですが、一時期多かったいわゆる「結婚式場」的な施設のものは減ってきているようです。式や披露宴の内容も、あまり奇抜なのはなくなって、ハイセンスな企画が続いて客を飽きさせない演出がなされており、いかにも今ふうのものでありました。
写真のように今日は超快晴でありまして、開宴が午前11時ということもあり、お開きになってほろ酔いで出てきたとたんに青空のウオーターフロント、ちょっと目が眩んだのは、年のせいもあるのかもしれません。
人が三人集まれば派閥ができるというようですが… ― 2006/09/04 17:49
創立以来関係してきた団体、およびその関連メーリングリストが荒れています。ある活動をしている人たちの集まりなのですが、その方法論や意見の表明方法や社会的影響力の差などがきっかけのようです。
私はそれなりの年齢になってから何度このようなアホらしい権力争いを見てきたことでしょう。人はなぜこんなに自分だけが正しいとしか思えないのでしょう。私のように「自分は正しいかどうか分からないけど自分の意見は曲げたくない」人間は、対立することになれば身を引いてひとりでいろいろ動けばいいだけだと思っていますので、角突き合わせてケンカする人たちの気が分かりません。
けっきょく組織は疲弊し分解してしまうのは多くの歴史が証明していますので、だからこそはじめから「つるまない」ほうを私は好んでしまうわけでした。
こういう主義も「正しくない」と攻撃される可能性がありますが、私は正しいとは思っていません。ただ、これが私のやりかただと言うだけで、人に勧める気もありません(と、とりあえず予防線だけは張っておく)。
なんか、みんなヒマなんかねー、などというと、当事者のみなさんに叱られそうですが。
鳴呼、としはとりたくないねぇ ― 2006/09/05 22:59
私は若いころからきつくはない近眼と乱視があってメガネをかけています。コンタクトレンズは痛そうで使っていません。
50歳になるころからは近くを見るのがつらくなってきて、遠近両用とか、遠中近とかのメガネを使うようになりました。おしゃれをしたくて高さの薄いメガネを選ぶと遠近は無理といわれて、しかたなく近くはメガネをはずして見るようにしています。
ところが、最近はメガネをかけていないのに、ついメガネをはずす動作をしてしまって、手にはなにも抵抗がなく、そうかメガネはしていなかったのだなのに見えないのだ、ということを感じることが増えてきました。
要するに老眼が進んで、裸眼では修正しにくくなってきているということです。私は無駄な抵抗はしない方針なので、だめならいつでも凸レンズのメガネはかけますが、うーむ、また検査して買わなければならないのかという面倒くささに嫌気がさしています。
しかしまぁなんですねぇ。
年をとるということは、金がかかることなんですねぇ。それなのにまだ年寄りから金を巻き上げようという、この国はいったいなんなんでしょうかねえ。
まったく横並びが好きなんだから ― 2006/09/06 18:03
秋篠宮家に親王が誕生したことはいろいろな意味でたしかにたいへんおめでたいことでありますし、今後の日本国の国体を左右するかもしれない大きなできごとであることは理解できます。
しかし、夕刻にテレビをつけましたら、なんともみごとに各民放が17時から特別ニュースをやっているではありませんか。逆にNHKだけは淡々と定期のローカル番組をやっていたのには笑ってしまいました。「おもろい寺」というタイトルでしたが…。
どうせ新聞も同じように記事編成をしているでしょうし、この国のマスコミというのはやっぱりみんな同じDNAを持っているのだと再確認できました。
しばらくまたテレビはおもろないなあ(いつもはおもろいという意味でもありませんけど)。
療養型の削減と介護難民がぼつぼつ記事に… ― 2006/09/07 16:39
療養型の病院のベッド数を38万床から15万床に減らす方針がいよいよ実際に始まってきて、それによる介護難民のことや、終末期医療の費用削減といういわば「聖域」のことまでもがぼつぼつと載るようになってきました。
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20060827AT3S2502D26082006.html http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20060614/104336/ http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20060811.html http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20060904AT3S0400Q04092006.html
受け皿は介護老人保健施設や有料老人ホーム、それに在宅だと言われていますが、そのすべての内実を知っている私としましてはにわかに同意することができません。それぞれにはいろいろなハードルがあり、そのために「老人病院」にルーツをもつ「療養型」という一種のモンスターがあるわけで、受け皿を整備していない状態で鍋をひっくり返すという乱暴なことがどういう結果になるのか、考えるのもおそろしい。
ドロドロになった在宅を私たちのような在宅医にやれと言われれば、まことにもうしわけないが私はこの仕事はやめることに決めています。いまの時点にでも油断するときわめて問題の多い在宅医療をしなければならないので、これ以上の環境悪化は耐えきれないのです。
COMLの電話相談や弁護士からの検討依頼でも、最近ぼつぼつ在宅関係での医療不信の相談が増えています。在宅医療が産科や小児科の轍を踏まなければいいのですが…。
朝令暮改に骨抜き>介護保険 ― 2006/09/08 16:10
平成18年8月14日付厚生労働省老健局振興課から各都道府県介護保険担当課(室)宛の「福祉用具貸与費及び介護予防福祉用具貸与費の取扱い等について」という事務連絡があります。
ご存じのかたもおられるでしょうが、この4月の介護保険制度改定で、軽度の障害の人には従来の介護給付ではなく予防給付されることに変わりました。具体的には以前の要介護1は認知症や不安定な状態でなければ要支援2という予防給付になっています。そして、予防給付では原則として車いすや電動ベッドなどの貸与ができなくなりました。その措置は4月から半年間猶予されたため、今月末でその期間が切れ、じっさいに貸与を受けていたかたがたのところから引き上げられることになっています。
介護給付から予防給付への大量の移動は、予想外に膨らんだ介護給付費の削減が第一目的で、そのひとつがこの用具貸与を減らすことにありました。しかし「経済査定」だと言われるのを嫌ってか、その理由は「用具を安易に使用することによってかえって障害が悪化するから」というものでありました。
しかし、上記の事務連絡によりますと以下のような例外が認められることになりました。ちょっと長いですが引用しておきます。
ただし、軽度者についても、その状態像に応じて一定の条件に該当 する者については、保険給付の対象とすることとしている。こうし た保険給付の対象となる条件への該当性については、【別紙】の区 分に応じて、原則として、要介護認定の認定調査における基本調査 の結果を活用して客観的に判定することとされている。その際、 車いす及び段差解消機については、認定調査結果による以外、「日 常生活範囲における移動の支援が特に必要と認められる者」及び 「生活環境において段差の解消が必要と認められる者」に該当する か否かについて、主治医の意見を踏まえつつ、サービス担当者会議 等を開催するなどの適切なケアマネジメントを通じて、指定介護予 防支援事業者又は指定居宅介護支援事業者が判断することができる。
この『主治医の意見を踏まえつつ』という一文ですが、すくなくとも私はこういう「抜け道」ができていることは知りませんでして、今月になってとつぜん意見を求められるという事態になりました。それで調べたところ、上記の事務連絡の存在が分かったわけです。
そしてこの主治医の意見ですが、これをどのように表明するのか、つまり診断書や意見書の形で署名捺印した文書が必要なのか、簡単な文章でいいのか、あるいは口頭でもいいのか、まったくその基準が提示されておりません。すでに診断書として数千円が必要になった患者さんと、口頭での返答のみで経済的負担のない患者さんができているとききました。
車いすの貸与開始はケアマネージャーがケアプランでしておいて、継続の可否を医者に振ってくるなんてとんでもない責任転嫁だと思いますし、このような文書の内容を医療側にまったく情報提供していない無責任さにはおそれいる限りではありますが、じっさいに迷惑を被るのは患者さんがたであること、しかしむやみに可の意見を出すことは一部の業者の益に資するのみであるという悩ましいことになります。
それにしても朝令暮改には慣れていますが、こんな「骨抜き」も臆面もなくようやりはりますなあ。