第十三期骨佛開眼大法要 ― 2007/04/08 20:36

大阪市の南部に一心寺というお寺があります。ここには『骨佛』というものがありまして、大阪で育った者にはごく普通に受け入れられています。何か、ということについては、一心寺のウエブサイト
http://www.isshinji.or.jp/で調べていただきたいのですが、この骨佛の13体目の開眼法要が4月6日から9日まで営まれています。
十三期の骨佛は、平成9年から18年までに一心寺に納骨された遺骨で作られていまして、私の両親、父が平成12年没、母が平成17年没ということで、仲良く十三期の骨佛になりました。そしてその法要の案内がきたので、今日弟たちと一心寺に行ってきました。
じつは、父のお父さん、つまり私の祖父が骨佛になったときに、まだ若かった父に連れられて、たぶん私が小学校の低学年のころにこの法要に参った記憶があります。その当時でさえ一心寺周辺がものすごい混雑で、子どもごころにもメゲたように思っていまして、そうだとすると今日もかなり大変と覚悟して行きました。弟たちはそれほどの危機感はなかったようで、人出を見てかなり驚いたようでしたが、私はほぼ想定内、でもその想定も結果的にはじつははるかに甘かったのでした。
参詣道の入り口かでの行列は予想どおり、でも一心寺山門までの距離からすれば、小一時間も並べばなんとかなると列の最後尾につきました(行列の嫌いな私としても、なにしろ『供養』という大儀ですから…)。
しかし、しばらくして、その行列が天王寺公園の敷地の中に曲がっているのをみて仰天、『Ω』型に公園に向かった行列は公園内で自在に折り曲げられて、つまりは公道に行列が伸びないように工夫というかごまかしというか、そういう細工がされていたのです。こらあかん、ここで決断するのが長男の役目 (笑)というわけで、弟たちに「やめよ」と一言。
あとは法要申し込みとは別に一般参詣としてそれでも混雑する道をかきわけてなんとか境内へ。そして写真の両親の遺骨で建立された骨佛に参ってきました。では列にならぶとなにが違うか。法要を受け付けてもらい、お焼香(1回にしなさいとのこと)をして、骨佛をに間近でお参りできる。お参りは心の問題やろと兄弟3人勝手な納得をして一心寺をあとにしたのでした。
兄弟での待ち合わせが午前11時。まじめに並んでいたらお焼香はおそらく午後4時くらいだったと思います。いやはや、私が尊敬する大阪谷町の大蓮寺・應天院住職の秋田光彦さんによりますと、一心寺の骨佛は一種の合祀墓だということであり、世界で唯一ということでありますが、大阪の庶民のある種の信仰のパワーを見せつけられた一日でありました。
http://www.isshinji.or.jp/で調べていただきたいのですが、この骨佛の13体目の開眼法要が4月6日から9日まで営まれています。
十三期の骨佛は、平成9年から18年までに一心寺に納骨された遺骨で作られていまして、私の両親、父が平成12年没、母が平成17年没ということで、仲良く十三期の骨佛になりました。そしてその法要の案内がきたので、今日弟たちと一心寺に行ってきました。
じつは、父のお父さん、つまり私の祖父が骨佛になったときに、まだ若かった父に連れられて、たぶん私が小学校の低学年のころにこの法要に参った記憶があります。その当時でさえ一心寺周辺がものすごい混雑で、子どもごころにもメゲたように思っていまして、そうだとすると今日もかなり大変と覚悟して行きました。弟たちはそれほどの危機感はなかったようで、人出を見てかなり驚いたようでしたが、私はほぼ想定内、でもその想定も結果的にはじつははるかに甘かったのでした。
参詣道の入り口かでの行列は予想どおり、でも一心寺山門までの距離からすれば、小一時間も並べばなんとかなると列の最後尾につきました(行列の嫌いな私としても、なにしろ『供養』という大儀ですから…)。
しかし、しばらくして、その行列が天王寺公園の敷地の中に曲がっているのをみて仰天、『Ω』型に公園に向かった行列は公園内で自在に折り曲げられて、つまりは公道に行列が伸びないように工夫というかごまかしというか、そういう細工がされていたのです。こらあかん、ここで決断するのが長男の役目 (笑)というわけで、弟たちに「やめよ」と一言。
あとは法要申し込みとは別に一般参詣としてそれでも混雑する道をかきわけてなんとか境内へ。そして写真の両親の遺骨で建立された骨佛に参ってきました。では列にならぶとなにが違うか。法要を受け付けてもらい、お焼香(1回にしなさいとのこと)をして、骨佛をに間近でお参りできる。お参りは心の問題やろと兄弟3人勝手な納得をして一心寺をあとにしたのでした。
兄弟での待ち合わせが午前11時。まじめに並んでいたらお焼香はおそらく午後4時くらいだったと思います。いやはや、私が尊敬する大阪谷町の大蓮寺・應天院住職の秋田光彦さんによりますと、一心寺の骨佛は一種の合祀墓だということであり、世界で唯一ということでありますが、大阪の庶民のある種の信仰のパワーを見せつけられた一日でありました。