ともかく暑いのである2017/07/15 23:10

朝からフレブル恬のお薬をもらいに獣医さんのところに。しばらくあと患者さんから処方のことで相談があって、診療所へ。どちらも非公式(笑)なのでカジュアルな服装。

でも暑い。

汗臭さがピークなのでフレブル恬のお風呂。年をとった最近はフレブル恬が超嫌いなお風呂も抵抗が少なくわたしも助かる。お互いご自愛しなければねえ。

午後から仕事に関係した勉強会があるので、スーツにネクタイで出かける。午前のカジュアルより暑いと思いきや、同じである。暑さの部位が微妙に違うが、スーツにネクタイだから暑いということはない。ともかく公的な場にはこれで出ることを自分に課しているのだ。クールビズはわたしには関係ない。

勉強会のあとの「情報交換会」という名の懇親会。勉強会の主催がわたしの出身法人なので、何人かの旧知のかたと情報(笑)交換。

会場の一流ホテルを辞して外に出ると、暑い。

ともかく汗を洗い流したいと一日中思っていた週末である。

タイトな予定がないとほっとする2017/07/14 23:16

早朝に目覚めてリビングから外を見る。明るい晴天ならいい気分になるはずだが、この時期はそういう好天のときにタイトな仕事があるとげんなりする。予定がないとほっとする。この年になると真夏の炎天下にはなるべく出たくない。

今日は午後遅くからの在宅介護のケアカンファレンスの予定だけだったので、朝寝でもしようかと思っていたのだが、しかし寝室の暑さに耐えきれずいつもの時刻に起きてしまった。

患者さんには無理をせずにエアコンつけてと言い回っているわりには、わが家はけっこう我慢するので暑い。エアコンをオンするタイミングは、暑さでフレブル恬の息が上がってくることであったりする。

ネクタイ装着がディフォルトなのだが、今日は1日のうちでも最も暑い時間帯に外出しなければならないので、ネクタイだけは堪忍してもらった。体感はあまり変わらないのだがね。

カンファレンスのあと職場でしばらく事務仕事をしたあと、市役所と医師会に立ち寄って早めに帰宅。けっきょく今日は昼間のエアコンはなかったようだが、入浴前にオンにした。フレブル恬は宵の口からリビングで爆睡。昼間が暑くて眠れなかったのだね。

祇園祭や天神祭が近づいてきて、いよいよ関西の夏のピークの1ヶ月だ(泣)。

朝の涼しいうちに宿題しなさい2017/07/13 23:37

この時期になるとときどき思い出すのである。

昨日も亡父の法要に行った慈願寺さんのすぐ近くに小学校4年生まで住んでいた。いったん発展していまはまた下降線になっている多くの街と同じく、半世紀以上前のおもむきはほとんどないが、しかし道の配置には大きな変化はないので、ついその小学生のころを思い出すことがある。

おそらく今より真夏でも涼しかったと思うが、それでも夏休みは暑い日々だった。クーラーなどというものは、都会の大きなビルや百貨店くらいにしかなく、音の大きな扇風機や、店舗では氷柱を置いてあったりしたころ。そういえば家の並びに氷屋さんがあった。冷蔵庫が電気式ではないので、氷屋さんが冷蔵庫用の氷を配達したりしていた時代だ。

で、夏休みになると母にたたき起こされるのである。

「早く起きて涼しいうちに宿題しなさいっ!!」

『夏休みの友』が必須の宿題だった。中身は忘れたが毎日コツコツと開いて書くような内容だったと記憶している。それをわたしは夏休みのはじめのほうに一気にやってしまって、あとのほうは遊ぶ。そのやりかたはまもなく古希のいまでも同じようにやっているように思える。

親の躾や教育はたいしたものだと思う。

祥月命日と誕生日2017/07/12 22:54

明日7月13日は亡父の祥月命日、2000年に亡くなったので、もう17年もたつのか。そのころわたしは51歳。まだまだ元気やったなあ。父は仕事ほぼ現役で亡くなったので、通夜葬儀では数百人のかたがお悔やみに参列してくださって、高齢の母に代わって若輩のわたしが喪主代理を務めたことを鮮明に覚えている。

今日は1日早いのだが、お寺で法要をしていただいた。年に一度、父を偲ぶ行事はできるうちはしようと思っている。

そして、明日は、その戌年の父の生まれ変わりかもと思うフレブル恬の誕生日でもある。13歳になる。フレンチブルドッグとしては長寿になるのではないだろうか。しかも変形性脊椎症はあっても内科的には問題なく誕生日を迎える。ちなみに、そのフレブル恬がわが家にきたのは、新潟県中越地震がおきた2004年10月23日だ。

お寺での法要のあと、同じ市内にあるお墓に参る。ちょうど正午近くになっていて、いやはやこの時期の霊園にこんな時間に行くものではない。法要のためにスーツにネクタイのままお墓に行って草ひき。あかん、危ない。

早々に退散していつも立ち寄る道の駅でランチ。

帰宅してから職場に出向いて事務処理をする。

疲れた。

困難ケース2017/07/11 23:09

わたしは仕事のことはほとんど書かないのだが、ここのところ複数の患者さんにちょっと悩む事態が続いて悩んでいる。長らく在宅医療をやってきているわたしなのだが、あまり経験したことのない事態。具体的なことは書かないが「医療」としての対策はみなさんが嫌がる胃瘻とか静脈栄養ということしかないので、それを選択するのかご家族に説明してもなかなか解決しない。

しかもそれが複数同時進行である。

夏の暑さは熱中症だけではない負担を高齢者に強いる。

老々介護をしておられて、お年寄り同士でなんとか生活しておられたご家庭は、夫のケガでの入院から1週間もせずに妻も不調になって入院して崩壊した。退院後の生活の見通しはたたない。そんなことはわたしたち在宅チームは予測していたが、当事者は「人ごと」としか思っておられなかった。

それは、いまわたしたちが予測していても当事者が「人ごと」と思っておられる圧倒的な多数のご家庭で、明日にでも起きることなのだ。

分かっているつもりでも、これだけ重なるとじつに忸怩たる気分になるのである。

阪神間に乗る2017/07/10 21:06

県医師会の会議に出席するため午後からJRで三ノ宮へ出向いた。

前回の会議が市医師会のそれとバッティングしたので欠席したために、4ヶ月ぶりくらいの三ノ宮行きである。

県医師会には必ずJRを使う。川西池田駅前に車を置いて、尼崎乗り換えで新快速だ。新快速にこだわるのは、早く着くからではなく、新快速が列車線(*1)を走るからである。列車線だとちょっとした旅行気分になる。

高校のころはよくこの線に乗った。当時は国鉄。まだまだ旧型のチョコレート色の電車(*2)、新快速はもちろんなかったが、いわゆる「急電」の時代は終わっていた。勾配が前後にある甲子園口駅では旧型国電はしばしばオーバーランしバックでホームに戻っていたが、そんなことがニュースになるような世知辛いことはなかった。

そして、半世紀の時と阪神淡路大震災を経て、東海道線の沿線の風景は激変した。そもそも東海道線ではなく神戸線などと言われている。しかし、山はほとんど変わっていない。尼崎を出てしばらくすると武庫川を渡り、わたしの好きな甲山(かぶとやま)が見えてくる。お椀を伏せたようなきれいな山体。

そのあと六甲山脈がずっと続いて、布引が見えてきたら三ノ宮。なじんだ景色だが、スマホを見たり読書したりすることなく、いつも車窓の景色に見入っている。

並行している民鉄がある。阪急神戸線は山に近すぎるし、阪神本線は遠すぎる。やはり東海道線がいい。

(*1)京阪神間のJRは複々線で、外側が列車線、内側は電車線。普通と快速は電車線を走るが、新快速や特急、貨物列車は列車線を走る。
(*2)わたしがいちばんなじんでいたのは、40系
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%89%8440%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A
だったか。

だんだん賑わう白浜の町2017/07/09 23:06

今年から海開きが遅くなってまだ正式には白良浜は開けていないのだが、さすがにもう白浜の町は夏だ。

わが家の町内にある企業の保養所にもお客さんがきていて、下の江津良海水浴場も賑わうようになっている。わたしらと同じような「週末白浜人」のかたのなかには、夏の白浜が騒がしいから来ないというかたもおられるのだと、いつもお世話になっているお店のご主人から聞く。

わたしらは、幸か不幸か白浜温泉の中心街からすこし離れたところに家があるので、それほどの圧迫感を感じたことはない。もっとも、7月30日と8月10日の花火大会のときだけはべつである。

いろんな都合があって、来週と再来週は帰ってこれないかもしれないので、庭の作物がちょっと心配だ。日帰りででも帰るかな。

それでも、これからの一ヶ月半ほどが町にとっての稼ぎどきなのである。

暑さが…2017/07/08 22:38

あとで考えればまだまだたいした暑さではなかったかもしれないのだが、今日は朝からずっと暑さにめげてなにもせずにダラダラと家で過ごしていた。いくらなんでもと思って、午後にちょっと港に行ってみたが、汗だくになっただけで、とくに船になにかしたわけでもなかった。さすがに海に近いと風がすこし涼しい。

夕刻にヨネダの魚屋さんに行って世間話をしたりして、けっきょく年寄りにとって貴重な1日を無駄に過ごしたあんばい。

いつもの金曜日が満席だったので今夜「竹寶」さんに行ったら、新しく懇意になりそうなお客さんと邂逅。楽しい夕食だった。

帰宅してもう一杯と思ったら、相方からダメだしが…。

お茶、飲みます。