鉄の記憶>EF582024/07/01 21:56

最近、facebookでEF58関係のグループに参加した。グループの写真が団塊世代の鉄にはしみじみ堪えるのである。

わたしは高校のころ、大阪駅にはしばしば通い、EF58はイヤというほど見てきた。いつもちかくにEF58があったので、いまとなっては写真が残っていない。

EF58は鉄の人は「ゴハチ」と言っていたが、すこし前まで腐るほど(笑)あった蒸機のC58と紛らわしい。高校の鉄仲間ではEF58は「ごーたこ」と呼んでいた。8→脚の数→タコ、という連想。

それにしてもいまみごとに「ごーたこ」の写真が残ってないのである。若いころに頻繁な宿替えや徘徊をしていてなくしてしまったようだ。

ちょっと残念だが、いまになってしまえばひとさまの写真を眺めて若いころの想い出に浸るのでいいかと思うのである。

駐車場2024/07/02 22:47

訪問診療では駐車するのに難渋することがよくある。新しい住宅地だと、患家の前の道路がそこそこ広くて、路駐してもじゃまにならないことが多いので気が楽だ。

旧市街地や、農地を転換して宅地造成したところなどは、周辺の道路が狭くて駐めることができない。患家に駐車場があればいいが、そうでない場合は近隣のコインパーキングなどに駐めている。

しかし、雨の日は駐車場が満車になることが多くて困るのである。

今日はずっと雨で、いつもの駐車場が満車はまちがいなさそうなので駅を挟んだ立体駐車場に置いて駅の構内を抜けて7-8分歩いて訪問した。さいわいちょうど雨がやんでいたのはさいわいだった。

二軒目の近くのいつも駐める駐車場も満車だった。しかたなく隣のドラッグストアに駐めさせてもらうことにした。黙って駐めるのもよくないので、「黒霧島」の箱を購入:-)。レジで10分ほど駐めさせてほしいと許可を得た。

兵庫県では「駐車許可」を得るのが面倒になっているし、それは万能ではない。

診療だけでなく、訪問看護や訪問介護なども苦労しているのではないだろうか。こんなことで切符を切られたくないしね。

新紙幣2024/07/03 22:52

ニュースを見てると新しい紙幣を求めて銀行で行列しておられるかたがたが報じられていた。

意味が分からない。

旧紙幣の新札を手に入れて保存するというなら、多少は理解できないこともない。しかし、これからどんどん出てくる新しい紙幣を我先に入手する意味はなんなのだろう。

いや、べつに批判、否定するつもりはない。ただ、なんでそんなに盛り上がるのかとふしぎなだけだ。

ニュースでも言っていたが、キャッシュレスが急激に広まっているいま、渋沢さんや津田さんや北里さんの出番は少なくなるのだろう。じっさい、最近のわたしは万札を扱うことがほとんどないのである。

本の断捨離2024/07/04 23:32

狭いマンション暮らしなので、一定時間おきに本の整理をしなければならない。ここ最近、かなりさぼっていて、小さな書架に本があふれかえっている。

昨日すこし時間があったので、第一陣の整理をした。

本は、(1) なお書架で保管、(2) 娘の夫が経営する古書店(※)に持って行く、(3) 大手チェーン古書店に持ち込む、(4) 専門書や趣味性の高いものを老舗に持ち込む、という分類をする。そこから漏れたのは残念ながら古紙として廃棄する。

これまでなんどもやってきた作業だが、なんどやっても読んできた本を処分するのがつらい。しかしながら、若いころからの本をそのままにしていたらとんでもないことになっていただろう。

最近はKindleでも購入していて、こちらは物理的な場所をとらないのではあるが、やはりクラウドにたくさん本が貯まってきて気にはなる。

読んできた本の内容をずっと覚えていたら、さぞ物知り爺さんになっていただろうにねえ。

(※)ブラックバードブックス
https://blackbirdbooks.jp/

作業2024/07/05 23:08

わたしはゆっくり眠っていたが、あいかたは早くから庭仕事を始めていた。

あさごはんのあと、予定していたガレージ裏の掃除と階段の清掃にあたる。高圧洗浄機を久しぶりに使っての清掃だ。跳ね返りの水をしつかり浴びて、終えたころはびっしょりだった。懸案だった掃除ができてすっきり。

夕刻から行きつけのお店に、弟も合流して楽しい時間を過ごしてきた。よく飲んだ。

筋肉痛関節痛2024/07/06 21:08

昨日の慣れない作業と日ごろの運動不足がたたって、深夜から筋肉痛や関節痛がひどくてたびたび目が覚めた。

朝昼兼用の食事を「おおみや」さんですだちそばをいただいてすぐ鎮痛剤を服用。夕刻ぐらいからマシになってふつうに動けるようになった。

こうして徐々に廃用が進んでいくのだろうか。こんなときだけ日常的に何かしなければと思う不養生な医者である。