一日中腹たってたんや2011/03/01 23:18

 矜持として仕事の具体的なことは書かない。だから書かない。だけど今日は仕事のうえでいくつも気分の悪いことが重なって、一日中腹たってたんや。

 うーーー。つい書きそうになるので、もうやめとこう。

 しかしなぁ、みんな、頭を使いや。自分で考えや。自分なりの判断をしたうえで指示を仰ぎや。自分の仕事はなんなんか、世間からみたらプロなんやから、シロウトのような振る舞いはしなや。

 まあなぁ、このニッポンでいっちゃん偉い人(そーりだいじん)がそうでないので、いっぱんピープルにそれを求めるのも無謀かもしれぬのぉ。

乱高下2011/03/02 23:29

 株価や為替レートや内閣支持率ではないが、ここ数日の気候の乱高下には参る。

 いちおう健康な私たちでさえ体調を崩しそうになるのだから、在宅療養しておられる患者さんがたがたいへんである。現に何人かのかたが入院になったりした。

 10年ほど前、こんなに不安定なことはなかったような気がするのだが、そうでもないのだろうか。

 ずっと覚えているのは、高校生になった直後だから昭和40年前後。当時は大阪の公立高校の入試が3月中旬であったのだが、ちょうどその日に大阪が大雪になり、交通機関が混乱して大変だったこと。私はもう高校生になっていて、写真部で好きなことをしていたし春休みで祖父の家に遊びに行っていて、非常に珍しい雪景色の近鉄大阪線の写真を撮りまくったこと。積雪時の写真(当時はモノクロ―Tri-Xフィルム)はたいへん難しいこともこのときに知ったこと。

 今夜、思いがけず娘夫婦が私の誕生日祝いにきてくれていっしょに食事をしたあと、見送りに出たらチラチラと雪が…。予報では未明にまた雪の予報。

 着る服装も困るしなぁ。

世間に関する備忘2011/03/03 22:30

○携帯電話からインターネット経由でカンニングしたとされていて逮捕された少年。逮捕は本人の安全確保(自殺とかの防止)のための身体拘束だと信じたい。そして、予想どおり、この、事件というほどのものではない出来事に対するメディアスクラムはすさまじい。

○実りのある審議があったのかなかったのかマスメディアでほとんど報じられないうちに衆院を通過した予算案、参院の受理でちょっとしたトラブルがあったり、与党の(!)審議拒否で立ち往生しているなどの、国の根幹の経緯があるのに、とくに民放テレビではほとんど触れられていない。

○初めてのことのようだが、尖閣列島直近に中国の軍用機が近づいて、航空自衛隊がスクランブルかけたらしい。やはり先島方面(与那国とか)に航空自衛隊の基地が必要なのではないか。

○しばらくなりをひそめていたが、最近また医療「ミス」という言葉を使った報道が増えてきているような気がする。シビアではない医療現場から客観的に見ていると、シビアな現場では目に見えて萎縮医療化したり過剰な自己防衛的説明が増えていると感じる。

○スティーブ・ジョブス氏が元気そうでよかったったのはともかく、iPad2はなかなか魅力的である。わが家の端末で家族でいちばん使っているのがiPadだという現実を見ると、かなり食指が動いている。半年くらい先には本気に検討しようか。

○リビアはどうなっているのか。twitterでフォローしているジャーナリストが数日内にもリビアに突入するのを目指している。著書もたくさん愛読しているかたなので、あまり無茶はしないでほしいが、そんなことを聞く人ではないのは自明。

○それにしても寒い。三寒四温の限度を超えてるぞ。

facebook/twitter恐るべし2011/03/04 22:24

 冬の戻り。おそらくみなさんと同じような思考過程で昨夜から仕込んでいた関東煮(かんとだき)をふーふーして食べながら泡盛チビチビやりつつ、「馬鹿テレビ」見るのも嫌なので、NHK BShi のカーペンターズの番組を見ていた。

 いつものように、iPhoneでtwitterやメールを適宜チェックしていたら、fscebookからの友だちリクエストメールにふと目がとまる。リクエストしてきたかたのお名前、ま、facebookは基本的にはアルファベットで書いているのではあるが、それでもかなり衝撃を受けた。

 アルファベットのお名前見ただけで、ちょっと珍しいセカンドネームの漢字までひらめいた。あそこの官舎に住んでた彼じゃないのか…。

 パソコン通信時代からネットに関わって25年ほどになる。しかし、カレン・カーペンターの歌声を聞きながら見たそのお名前には、ほんとに背筋が寒くなった(いや、いい意味で、だっせ)。カーペンターズよりもっともっと前の、半世紀前の同級生なのだった。

 小学校で一緒だったあと、私ら団塊世代は、同じ中学校に行っても、なにしろ一学年1,200名、25クラスというようなころ。中学校3学年で4,000人近かったのだ。どうしても疎遠になる。そして、高校が別々になればもうほぼ接点はなくなる。私は小/中学校の時代の友人は、数年前偶然知り合った同業者が一人いるだけだ。

 それが、なんと半世紀を経て、facebookで彼が探し当てて連絡してくれたのである。

 映画「ソーシャル・ネットワーク」が話題になっている。私はまだ見ていないが、なんだか渦中に入り込んだような気分。

 高揚感でまた泡盛が進む(は? いつものことやろって? そうか…)。

週末2011/03/05 22:52

 珍しく週末を北摂で過ごした。

 午前に箕面のSSOK
http://www.ssok.co.jp/
に行った。あいかわらず人が多い。品揃えなのか安さなのかその両方なのか。

 買い物を続けるパートナーと別れて、SSOKのバスで千里中央。大きな本屋「田村書店」でひさしぶりの書店逍遙。いくつかの雑誌類。

 北大阪急行/地下鉄御堂筋線で淀屋橋。これまたひしさぶりに「おけいはん」乗車して、もっとも、たった2駅間で下車、天満橋。昼ご飯に皿うどん。

 エルおおさか
http://www.l-osaka.or.jp/
でのささえあい医療人権センターCOML
http://www.coml.gr.jp
の患者塾。成年後見制度について弁護士さんのレクチャー。

 終えてから梅田経由で帰る。土曜日夕刻の梅田は、私のように半分は田舎化した者には地獄だ。

 「鰻処きし」さん。週末に行くのはたいへん珍しい。すると、以前からの馴染みさんのお客さんにつぎつぎに邂逅。非常に楽しい時間を過ごす。気がつけばカンバン時刻。

 それなりに充実した一日だった。

隠遁したいよなあ2011/03/06 22:40

 第一義には「仕事したくない」。つぎに「こんな日本は嫌やなあ」。そして「あと何年生きられるやろ」。

 じつに隠遁したいと思う。

 もっとも、こんなにネットで喚き散らしていて何が隠遁と言われればその通りだ。

 両親のお墓に参ってきた。12月の始めに参ったあと、年末年始にも行けなかったので、ほんとにすみませんとしか言えない。お彼岸の前倒しという不遜な考えも皆無ではない。

 墓を造った父は、実家のある町を見下ろす墓地を選んだのだが、たしかに直線距離では実家に近いが、見下ろすために山の上になったために、アプローチがけっこう大変なのだ。行くたびに、総領たる私ら夫婦が車で行けなくなったらどうなるのやろと心配している。山の上なので、公共交通機関で霊園事務所まで行けても、そこからお墓まではけっこうアップダウンする山道なんである。

 非常に頭がよくて先を見通せた尊敬するわが父だが、自分の(ということは私らの)墓を、バリアブルな場所に定められたのが残念だ。しかし、分家の父にとっては、新しく墓を造るためには仕方がなかったのかなぁとも思う。

 なんて、ちょっとしんみりしてしまった春の宵。

なかなか長い一日だった2011/03/08 01:20

 昨日「隠遁したい」などと書いたのでバチが当たったのか、今日はなかなか長い一日、まじめに業務にいそしんだ一日であった。

 午後から大阪市中央公会堂で開催される「在宅医療に関する市民フォーラム」を聞きに行きたいために、午前の訪問診療にはいつもより早めに出た。しかし、今日は訪問でいちばん遠方になる大阪府能勢町が含まれていた。

 病院勤務時代からの患者さんのお宅が能勢町にあるので対応している。川西もたいした都会ではないが、能勢町はさすがに自然がいっぱいのいい町であり、月2回の訪問が、いつもなら楽しみでもあるものの、じつは昨年夏からはしょうしょう重荷になっている。

 昨年7月の大雨で、能勢町のなかでも「東能勢」(*)と言われる地区へのアプローチである国道477号線が通行止になっているのである。私が別の患者さんのために東能勢に訪問しだしたころ、道は狭く曲がりくねっていた。そこがバブル直後くらいだったか、大々的に改良されて快適な2車線道路になった。しかし、一部の区間では、自然の地形を無視したような築堤があって、ドシロウトの私でさえ「こんな沢筋を築堤でせき止めてだいじょうぶか、下に小さなトンネルで水を通すくらいでほんまにエエのかと思ったことだった。

(*)能勢町は3本の川筋に沿って集落があり、それぞれの川筋の間はそれほど高くない尾根で区切られたちょっと特殊な地形である。

 案の定、その区間は大雨で道路がえぐられて壊れた。最初の通行止めは、数ヶ月で復旧した。文字通り「旧に復した」。その同じ場所が昨年夏にまた崩れた。あたりまえや。子どもでも分かる理屈を無視して同じ構造で復旧したのだから。

 その通行止がまだ続いている。もう8ヶ月を超えている(**)。そのために、山道をぐるりと迂回せねばならない。20分くらいのロスタイムになる。

(**)地震でだったか、東名高速の路肩が崩れて不通になったとき、たしか数週間で復旧したと記憶している。えらい違いだ。最近は「大阪のてっぺん」と売っている能勢町、私が小学校のころは「大阪のチベット」などと郷土学習で教えられ、一時はミサイル基地を作るとかで騒がしかった(オネスト・ジョン?)この町だ。幹線道路が1年近くも不通になっていても甘受せねばならない、この地域格差はなんなんや。言うても大阪府やねんで。

 そういう事情で、午前の訪問診療を終えたらもう診療所に戻る時間がなくなったので、川西能勢口駅上の「一日最大900円」の駐車場に往診車を置いて阪急で大阪へ。

 前述のフォーラムに出て、17時終了。また阪急で帰って事務処理などのため診療所へ。

 20時30分からの市医師会理事会にでるため20時ごろに引き上げる。年度末のためいろいろと処理しなければならないことが多くて、理事会終了が23時前。

 帰宅して入浴してビール飲んで…。長い一日だった。

入川保則さんの「生きざま」2011/03/08 22:03

 事務仕事をしながら横の遊び用PCのワンセグや、移動中のカーナビのワンセグで断片的に聞いていただけなので、細部は違っているかもしれないと最初に断ったうえで…。

 俳優の入川保則さん(今回のことがあるまで、お顔は存じていたがお名前は存じ上げなかった地味な役者さんだ)が大腸癌で余命半年とカミングアウトされたというニュース。

 60才を過ぎたころから「死を意識した生活にしていた」。私なりに解釈すれば、今まで生きてきた時間より、これから生きる時間ははるかに短く、そのうえ同世代の人たちがつぎつぎに斃れていくのを目の当たりにすることで、死を身近に感じるようになるのが、還暦前後だったのではないか。

 私自身が還暦前後からそうだ。だからべつに莫大な遺産があるわけでもないが、正式な遺言書を作成した。この遺言書の最大のキモは、最後に付記した家族へのメッセージだと思っている(その内容を公開するわけには、もちろんできない)。

 昨日の「在宅医療に関する市民フォーラム」でもすこし話題になったが「死を考えることは生を考えルこと」だと、じつに思う。死にざまは生きざまだ。

 あるていどの年齢になった人たちの多くの、あまりに想像力のなさ、危機管理の希薄さに、医療者としても唖然とすることが多い。私たちは「いつ死ぬか分からない」のである。若い人たちでも、阪神淡路震災や福知山線事故やニュージーランドの地震で不意に命を落としている。あるていどの年齢になると、事故死より確率の高い疾病での死の恐れが激増する。

 命を落とすことだけでなく、障害によって不便な生活を強いられる危険性も大きくなる。「自分だけはだいじょうぶ」なんてまったく根拠のないことだ。どうせなら、不意の事象に慌てないような、すくなくとも心の準備だけでもしておくのがいいのだ。でも、多くの人たちはそんなことは考えてもいないようだ。

 入川さんの生きざまは、じつはそういうメッセージを強烈に伝えてくださっているのだが、テレビを見ている人たち、テレビを送出している人たちのどのくらいが自分のこととして感じたのだろう。

 あ。

 なんか珍しくクソまじめな日記を書いてしまったのだった。